消された一家―北九州・連続監禁殺人事件

消された一家―北九州・連続監禁殺人事件

この世には「悪魔」としかいいようのない人間がいる。かかわった人間すべて騙され不幸になる。それがこの事件の主犯の松永太という男だ。自らの手を全く汚すことなく一家7人もの人間を操り虐待し自ら殺し合いをさせ、その遺体を徹底的に処理させ全く証拠を残さなかった。生き証人である17歳(事件発覚当時)の女の子が逃げ切ることが出来なかったら、この事件は誰にも知られることはなかっただろう。読み進めるほどに恐ろしさが増していく。「戦慄のノンフィクション」とはこういうもののことを言うんだ。
この事件を恐ろしいと感じるのは人間の心のもろさをまざまざと見せ付けられるからだと思う。監禁され虐待を繰り返されることで人間の心に起こる変化は「恐怖から無力感、最後には虐待者への過剰な依存心」となっていくという。こうした状況にごく普通の真っ当な人たちがいとも簡単に陥ってしまう。そのことが恐ろしいのだ。そして性善説などという言葉すらこなごなに砕け散るほどの悪魔を前に人はただ戸惑い恐怖を感じるだけである。
本書は被害者、そして松永同様に主犯となってしまった緒方純子の心理には迫ってはいるが、基本的に公判の様子と取材で知り得たことを淡々と記述してある。この驚愕の事実の前には分析や考察といったものが意味を持たない。そのことをよく理解して書かれた良書である。