わたしを離さないで

わたしを離さないで

わたしを離さないで

この小説はミステリーではないけれど、真っ白な状態で読んだほうがよりよいとは思う。とはいっても、内容のほとんどを知っていたとしても、この小説の魅力は色褪せることはないのだけれど。

キャシー・Hという介護人をしている女性が語り手となって自分の生い立ちを語っていく。全寮制の学園生活と思われる描写を読んでいくうちに、読者はこれは普通の学園生活とは何かが違うということに気が付いていく。あちこちでささやかれる「提供」という言葉、芸術に奇妙なほど力を入れている学園。全体を覆う不穏な空気。ミステリーでいう信用できない語り手のような語り口を注意深く読み続けていくと、あるところであっさりとその秘密が示される。

とても緻密に計算され抑制の効いた小説で、書かれていることは衝撃的ですらあるのに感情移入ができずに、書かれたことを淡々を受け入れてしまう。自分の感性が鈍いのかなと思うほど淡々と読み続けてラストで感情が噴き出す。涙を流さずにいられない。考え続けずにいられない。読み終わってから何日も余韻に浸っていた。

カズオ・イシグロはこの作品で生命倫理を問いたかったのかどうかと考えた。たぶん、そういうものを問いたかったのではないんだろう。どちらかというと人が自分に与えられた運命のほとんどを受け入れるということ、その懐の大きさというようなものを書きたかったのかなと思う。生命倫理を問いたかったのであれば、この作品は逆効果になりかねない。